補償光学系を用いた高い空間分解能の遠方銀河撮像、分光探査
この文章は国立天文台ニュース2008年3月号に載せたものを加筆修正したものです。
銀河の骨組み
図1:「すばる」望遠鏡の可視光カメラで撮られた銀河系近傍の楕円銀河と円盤銀河の様子
銀河の写真集を見るとわかるように現在の宇宙の銀河では楕円銀河と円盤銀河という2種類のとても特徴的な形が見られます。上の図に「すばる」望遠鏡で撮られた銀河系のそばにある典型的な楕円銀河と円盤銀河の画像を載せています。これらの銀河の形は楕円銀河から円盤銀河さらには不規則銀河まで似たもの順に並べられ、「銀河の形態のハッブル系列」として知られています。目で見た銀河の形というのは銀河のどのような物理的性質を表しているのでしょうか?目で見える光、可視光、で見た場合には銀河の光は、寿命の長い、質量の軽い星からの光が支配的です。これらの星はそれぞれの質量は軽いのですが数がたくさんあり、実はこのような星が銀河の星の質量の重要な部分を担っています。つまり、可視光でみた銀河の形は、銀河の中での星の質量分布を見ていることになり、銀河の「骨組み」を表していると言えます。
現在の宇宙で見られる銀河の「骨組み」はいつ頃、どのようにして確立したのでしょうか?
現在の宇宙では銀河の「骨組み」は銀河のさまざまな物理量と良い相関があることがわかっています。例えば、楕円銀河の中の星は円盤銀河の星に比べて平均的には年老いています。また、楕円銀河は宇宙の中で群れて存在するのに対して、円盤銀河はより満遍なく存在しています。つまり銀河の「骨組み」はそれぞれの銀河の出来てきた歴史や、まわりの環境に影響を受けて決まっているようです。銀河の「骨組み」がいつ頃出来たのかを知るためには宇宙の歴史の中での銀河の「骨組み」の移り変わりを明らかにすることが重要です。今回の研究では、「すばる」望遠鏡の補償光学(アダプティブ・オプティックス、AO)システムと赤外線撮像分光カメラ(IRCS)を用いて110億年前の銀河の可視光での形を調べ、昔の銀河の「骨組み」がどうなっていたのかを明らかにしました。
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図2:補償光学システムを用いた赤外線での高い空間分解能の観測についてのまとめ。(補償光学システムについての詳しい説明は「すばる」望遠鏡の解説ページをご覧ください、こちら。
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昔の銀河の「骨組み」
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図3:補償光学システムを用いて得られた110億年前の銀河の画像。
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より昔の銀河の「骨組み」を調べるためには、より遠くの銀河の放つ可視光での形を高い空間分解能で調べる必要があります。銀河が遠くにあると見かけの大きさが小さくなるので高い空間分解能で観測することが必要になります。すでにハッブル宇宙望遠鏡などを用いた研究によって、80億年前(赤方偏移1)の宇宙の銀河の可視光での形は良く調べられており、現在の宇宙で見られるような楕円銀河や円盤銀河と似た銀河があることが明らかになっています。80億年前にはどうやらすでに銀河の「骨組み」はかなり確立していたようです。
さらに昔の銀河の「骨組み」を調べるためには、赤外線で高い空間分解能の観測をすることが必要になります。というのも宇宙膨張の効果によってさらに遠くの銀河の放つ可視光は赤方偏移して赤外線として地上では捉えられるからです。今回、私たちはすばる望遠鏡の補償光学システムと赤外線撮像分光カメラを用いて、110億年前の銀河を赤外線で、高い空間分解能で観測しました。今回のサンプルはライマンブレーク銀河と呼ばれる、比較的激しい星形成を行っている銀河を中心としていますが、さらに遠方赤銀河と呼ばれるライマンブレーク銀河より赤い銀河や、電波銀河と呼ばれる活動的な銀河も含み、なるべく現在わかっている110億年前のいろいろな銀河を含んでいます。この観測で得られた110億年前の銀河の顔写真を図3に載せています。今回観測した中でも11個の明るい銀河の顔写真を示しています。遠い宇宙にある小さく暗い銀河を、すばる望遠鏡の性能ぎりぎり近くで観測しているので、銀河の「骨組み」がくっきり見えると言うわけにはいきません。
これらの銀河の「骨組み」を定量的に評価して現在の銀河と比べるために、中心からの光の分布を調べました。現在の宇宙の銀河では、楕円銀河は光の分布が中心に集中しているのに対して、円盤銀河は外側に広がった光の分布をしていることが知られています。110億年前の銀河について調べた結果を図4の左側のパネルに載せています。この図の縦軸は銀河の光の分布を表す指標で、より大きな値の銀河ほど、星の光が中心集中して分布していて、楕円銀河に近いことを表しています。110億年前の銀河の光の分布は、ほとんどが円盤銀河に似た値を示し、中心への集中は弱く、外側に広がった分布を持っていることがわかりました。図4の右側のパネルでは比較のために50億年前の銀河の画像を用いてこれらの銀河を110億年前の宇宙に持って行って今回と同じように観測した場合をシミュレートして測定した結果を示しており、50億年前の宇宙にはこれまでわかっていたように指標の大きな、楕円銀河に似た中心集中度の高い銀河もすでにたくさんあることがわかります。さらに、110億年前の宇宙にもこのような楕円銀河がたくさんあればそれらはたしかに指標の大きな銀河として検出できたはずです。
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図4:110億年前の銀河の光の分布の測定結果と50億年前の銀河での測定結果との比較
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今回の観測で110億年前の宇宙ではほとんどの銀河が現在の宇宙の円盤銀河に似た広がった光の分布をしていることがわかりました。図5に今回の観測結果である110億年前の銀河の画像、ハッブル宇宙望遠鏡で得られていた80億年前の銀河の画像、そしてすばる望遠鏡で観測された現在の宇宙の楕円銀河と円盤銀河の画像をまとめました。110億年前から80億年前の間に銀河の衝突、合体によって銀河は激しく進化し、円盤銀河から楕円銀河になるものがいて、その後の80億年前から現在の宇宙においては銀河の進化は穏やかであったと考えられます。
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図5:赤方偏移3(110億年前)の宇宙から赤方偏移1(80億年前)の宇宙を経て現在に至る銀河の進化の概観。
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まだまだ明らかにしないといけないことはたくさんある
まだまだ110億年前の銀河のことははっきりしたわけではありません。今回のデータで光の分布の解析が十分な精度で行えた比較的明るい銀河は11個しかありません。楕円銀河と円盤銀河の比率をより精度よく決めるためには、よりたくさんの銀河を観測しなくてはなりません。現在、試験観測が続けられているレーザーガイド星を用いた補償光学システムでの本格観測が始まれば多数の銀河を観測することが出来るようになります。また、今回のサンプルはいくつかの種族の110億年前の銀河を含んでいますが、まだサンプルからもれているタイプの銀河がこの時代に潜んでいて、楕円銀河と似た光の分布を持っている可能性は否定できません。
今回の画像から、110億年間の銀河の光の分布の仕方が現在の宇宙の円盤銀河と似ていることはわかりましたが、現在の宇宙の円盤銀河の最も大きな特徴である「渦巻き」が110億年前の銀河でくっきりと捉えられたわけではありません。現在の宇宙の円盤銀河が「渦巻き」を示すのは、銀河の中の星やガスが回転運動をしているからです(一方で楕円銀河は星がいろいろな方向にばらばらに運動しているために全体で見るとのぺっとした形に見えます)。110億年前の銀河の中の星やガスの運動を調べて回転運動をしているのかどうかを観測することも次のステップとして重要になります。これらの観測を通じて、110億年前の銀河の統計的な性質が、現在の宇宙の銀河と同じようにわかるようになれば、銀河の形成の理論的モデルにも大きな制限を与えることになります。
より詳しく知りたい人はこちらに英語版のまとめ資料(IAUsymposium No.245 の集録)があります
(こちら)。
この研究は、太田耕司氏(京都大学宇宙物理)、小林尚人氏(東京大学天文センター)、美濃和陽典氏(光赤外)、岩田生氏(岡山観測所)、安東正隆氏(京都大学宇宙物理)と共同で行っています。
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