星は我々が観測する宇宙の最も基本的な構成要素であり、宇宙を理解するためには星の形成と進化を理解する必要があります。特に、どのような質量の星がどれくらいの割合で形成されるのかという星の初期質量分布関数を決定することは、大質量星の超新星爆発による重元素の生成を通して宇宙や銀河の進化を理解するために不可欠です。一方、我々の太陽系を含む惑星系が現在では多数観測されていますが、惑星系の多くは太陽系とは全く異なる構造をしており、これらの形成を理解するためには惑星形成の初期条件である円盤と星の形成を統一的に理解しなければなりません。これらの目的のために我々は多様な物理過程を含む数値シミュレーションを行い、可能な限り第一原理に近い立場から原始星と星周円盤の形成過程を調べています。
原始星・星周円盤の輻射磁気流体シミュレーション 右図は重力収縮する分子雲の多重格子抵抗性輻射磁気流体シミュレーションの結果です。左右・下面と赤い等値面は密度、白い線が磁力線、矢印が速度場、黄色い領域が外向きに噴き出すアウトフローを示しています。この計算により、オーム散逸の効果によって磁場が弱められることで原始星の形成とほぼ同時に星周円盤が形成されることがわかりました。またファーストコアと呼ばれる星形成の途中で一時的に形成される天体の周囲から低速な分子アウトフローが、原始星の周囲からはより高速なジェットが駆動されることも確かめられました。このような二重構造のアウトフローは若い原始星から実際に観測されています。
流体シミュレーションを行うことで密度や温度などの生の物理量が得られます。しかし我々が天文学的に観測するのは天体から飛来する光の情報です。そのため、シミュレーションの結果と観測を直接比較するためには、シミュレーションの結果がどのように観測されるかを調べる必要があります。特に近年、アタカマ大型ミリ波サブミリ波望遠鏡(ALMA)によって若い原始星や原始惑星系円盤の観測は劇的に進展しつつあり、これらの観測と直接比較できる精密な理論モデルが強く求められています。我々はシミュレーションの結果に対して輻射輸送計算を行うことでシミュレーションから観測と直接比較できる輻射の情報を導出し、これを用いて実際の観測結果との比較や観測計画の立案を行っています。
下の図は星周円盤の形成と進化の長期シミュレーションを行い、その結果から輻射輸送計算とALMAによる観測のシミュレーションを行った図です。形成途上の星周円盤は重たいため重力不安定になり、渦状腕が形成されます。この渦状腕が円盤内の角運動量を輸送することで、円盤の進化に重要な役割を果たします。左右のどちらかがシミュレーション、どちらかがElias 2-27と呼ばれる天体の実際の観測(Pérez et al. 2016, Science, 353, 1519)ですがどちらがシミュレーションかわかりますか?
正解:左がシミュレーションです。ノイズが少ないのでわかりますよね。
上記のような研究には多様な物理過程を含む高度な数値シミュレーションプログラムが必要です。宇宙物理学では伝統的には各研究者またはグループが皆独自のコードを作っていましたが、近年の計算の大規模化や研究の発展に従ってプログラムは複雑化し、もはや個人の開発力では限界に達しつつあります。宇宙物理学では対象とする天体によって異なる物理過程が働く一方で重力や流体、磁場や輻射など共通する物理過程も多いため、基幹となるコードを共有することができれば研究のコストを大幅に下げることができます。また優れたプログラムは新規参入の障壁を緩和し、教材として開発能力を持つ人材の育成にも貢献することができます。
このような目的のために、Princeton高等研究所のJames Stone教授らのグループと共同で新しいシミュレーションコードAthena++の開発に取り組んでいます。このコードは現時点では磁気流体シミュレーションを中心としていますが、将来的には自己重力や輻射輸送を導入し宇宙物理学の多様な問題に応用することができます。またAdaptive Mesh Refinement(AMR)と呼ばれる、計算結果に適合して必要な場所にだけ細かい格子を動的に生成する技術を初めとして、球座標や円筒座標など柔軟な格子配置に対応しています。更に現代的な大規模並列計算機に最適化し、数万並列以上においても高い性能を維持することができます。
このコードを用いた講習会も行っています。コード開発や研究への応用など、できる範囲でサポートしますのでお気軽にお問い合わせください。