3 核反応の量子力学的考察

核力が引力として働く距離は斥力としてクーロン力の働く距離に比べてとても小さいので、 星の中心で核融合反応が進行するためには(中性子が関わる反応を除けば)反応粒子は粒子間のクーロン力による斥力ポテンシャルを克服しなければならない。 原子核表面で、 クーロンポテンシャルは、

$\displaystyle U_{\rm Coulomb} = \frac{Z_1 Z_2 e^2}{R} =1.44 \frac{Z_1Z_2}{\tilde{R}}  [{\rm MeV}]$ (99)

程度の大きさを持つ。 ここで $ \tilde{R}$ $ 1  [{\rm fm}]=10^{-13}  [{\rm cm}]$ を単位として測った原子核半径であり、 よい近似で $ \tilde{R}\cong 1.2  A^{1/3}  [{\rm fm}]$ と与えられることが知られている。 また、粒子の熱運動の運動エネルギーは

$\displaystyle kT \cong 8.6 \times 10^{-8} T   [{\rm keV}]$ (100)

程度である。 このことから、星の内部の密度や温度では、 クーロンポテンシャルエネルギーに匹敵するエネルギーを持つ粒子の数は、 星の中心温度 $ T$ の Maxwell 分布の高エネルギー側の尻尾に対応するのでとても小さい。 従って、 星の内部温度 $ T$ に対応したエネルギーを持った粒子同士の反応を考えるときには、 量子力学的トンネル効果でクーロンポテンシャルの壁を透過する確率が重要な役割を果たすことになる。 この透過率は量子力学によれば

$\displaystyle \exp\left(-\frac{2\pi Z_1 Z_2 e^2}{\hbar v}\right)$ (101)

に比例することが知られている。 このとき断面積 $ \sigma_{\rm aX}(v)$

$\displaystyle \sigma_{\rm aX}(v) =\frac{S(E)}{E}\exp\left(-\frac{2\pi Z_1 Z_2 e^2}{\hbar v}\right)$ (102)

と書いて、 $ (面積)\times(エネルギー)$ の次元を持つ $ S(E)$ なる量を導入する。 ここで $ E=\mu v^2/2$ である。 このように定義された $ S(E)$ は衝突のエネルギー $ E$ にあまり強く依存しないことが期待される。

以上から

$\displaystyle \lambda = \int_{0}^\infty v \sigma(v)\phi(v) dv
$

を求めると

$\displaystyle \lambda$ $\displaystyle = \int_{0}^\infty v \sigma(v)\phi(v) dv \notag$    
  $\displaystyle =\int_0^\infty v \frac{S(E)}{E} \exp\left(-\frac{2\pi Z_1 Z_2 e^...
... \exp\left(-\frac{2\pi Z_1 Z_2 e^2 }{\hbar v}-\frac{\mu \vec{v}^2}{2 kT}\right)$    
  $\displaystyle =\sqrt{\frac{2\mu^3}{\pi}}\frac{1}{\left(k T\right)^{3/2}} \int_0...
...frac{S(E)}{E}\frac{2E}{\mu^2} \exp\left(-\frac{E}{kT}-\frac{b}{\sqrt{E}}\right)$    
  $\displaystyle =\sqrt{\frac{8}{\pi \mu}} \frac{1}{\left(k T\right)^{3/2}} \int_{0}^\infty dE S(E) \exp\left(-\frac{E}{kT}-\frac{b}{\sqrt{E}}\right)$ (103)

となる。ここで

$\displaystyle b = \frac{2\pi Z_1 Z_2 e^2}{\hbar}\sqrt{\frac{\mu}{2}}$ (104)

である、$ S(E)$ は衝突エネルギーに $ E$ に強く依存しないとしている。 この積分を鞍点法を用いて近似的に計算する。

今、

$\displaystyle f(E)=-\frac{E}{kT}-\frac{b}{\sqrt{E}},\qquad g(E) = S(E)
$

とすると、どちらも実関数で

$\displaystyle f(E)=0 ,  -\frac{1}{kT}+\frac{b}{E^{3/2}}=0\quad \Longrightarrow \quad E_0=\left(\frac{bkT}{2}\right)^{2/3}
$

となる。更に$ f(E)$ は (97)より

$\displaystyle f(E)\cong \frac{1}{2}f''(E-E_0) + f(E_0)
=-\frac{3}{4 kT E_0} (E-E_0)^{2} -\frac{3E_0}{kT}=-\left(\frac{E-E_0}{\Delta/2}\right)^2-\tau
$

と書くことができる。 ここで

$\displaystyle \Delta = \frac{4}{\sqrt{3}}\sqrt{E_0 kT},\qquad \tau=\frac{3E_0}{kT}
$

である。以上より鞍点法(98)を用いると、$ \alpha=0$ とおいて

$\displaystyle \lambda$ $\displaystyle = \sqrt{\frac{8}{\pi \mu}}\frac{1}{\left(kT\right)^{3/2}}e^{-\tau...
...t_{0}^{\infty}dE   S(E)\exp\left[-\left(\frac{E-E_0}{\Delta/2}\right)^2\right]$    
  $\displaystyle \approx \sqrt{\frac{8}{\pi \mu}}\frac{1}{\left(kT\right)^{3/2}}e^...
...frac{\sqrt{2 \pi}   S(E_0) }{\sqrt{\left\vert-\dfrac{8}{\Delta^2}\right\vert}}$    
  $\displaystyle =\sqrt{\frac{2}{\mu}}\frac{\Delta}{\left(kT\right)^{3/2}} e^{-\tau} S(E_0)$ (105)
  $\displaystyle =\sqrt{\frac{2}{\mu}} \frac{4}{\sqrt{3}}\sqrt{E_0 kT} \frac{1}{\l...
...\frac{2}{3\mu}} \left(\frac{bkT}{2}\right)^{-1}kT  \tau^2  e^{-\tau} S(E_0)$    
  $\displaystyle =\frac{8}{9\sqrt{3}} \frac{\hbar}{\pi Z_1 Z_2 e^2 } \frac{1}{\mu}  \tau^2  e^{-\tau} S(E_0)$ (106)

と計算することができる。 また $ \tau = 3\left(b/2\right)^{2/3}/(kT)^{1/3}\equiv B/\left(T_6\right)^{1/3}$ であるから、

$\displaystyle \lambda \propto \left(T_6\right)^{-2/3}\exp\left(-\frac{B}{\left(T_6\right)^{1/3}}\right)$ (107)

という温度依存性をもつことが分かる。 ここで $ T_6 \equiv T/10^6   [{\rm K}]$ である。 ここで行った計算は、 非共鳴反応の場合であり、 共鳴反応の場合には、 $ S(E)$ が衝突エネルギー $ E$ に強く依存し、 $ \lambda$ の温度依存性などが多き異なってくる。

反応エネルギー $ E_0$ が低いとき $ S(E_0)$ はほぼ一定の値をとるので、 $ S(E_0)\cong S(0)+\left(dS/dE\right)_{E_0=0} E_0$ として、 $ S_0=S(E_0=0) $ $ \left(dS/dE\right)_{E_0=0}$$ S(E_0)$ の代わりに使うことがある。 また、核反応に於ける断面積 $ \sigma$ は面積の次元を持つが、 普通これを $ {\rm cm^2}$ 単位ではなく

$\displaystyle 1   {\rm barn} = 10^{-24}  {\rm cm^2}
$

を単位として表すことが良く行われる。 反応断面積 $ \sigma$ 、また $ S_0$ $ \left(dS/dE\right)_{E_0=0}$ を理論計算や実験から知ることができれば、 反応の速さを知ることができる。

fat-cat 平成17年1月10日