実証科学である自然科学においては物作りは不可欠である。どんな理論でも実験による検証がなければ空論であり、すべてのデータは実験装置から生まれる。このような哲学から東北大の市川研究室では、ものづくりに基づく研究を基本にしてきた。この哲学は修士1年の時以来身についたものだ。学部3年までは理論家志望だったが、天文学実習で望遠鏡にふれ、装置の不具合に悩まされながらなんとか装置を工夫して観測レポートを書いて以来、手を動かしつつ、サイエンス成果を得るのが自分の天分であることを知った。幸運にも修士1年から大宇陀観測所の40cmシュミット望遠鏡の立ち上げに参加する機会が与えられ、悪戦苦闘してD論を書いたことが今の自分の原点である。物事にこだわらず早い段階で自分の資質を見極めるのも大切であろう。
しかし物作りの目標はあくまで天文学であり、科学の目標なくしてもの作りはない。従って、いかにもの作りが重要といってもサイエンスの目標を持たなければ失敗する。かつて新しい技術が生まれた時、それを宇宙に向ければ何か見えてくるかもしれないという期待をもって装置作りがされたこともあった。たまたま空にその装置を向けたら新しい宇宙の姿が見えたこともあった。しかしそのようなケースでも本来それら装置は天文学以外のサイエンスの目標を持ったものであったことを忘れてはならない。
装置作りは現在では大変高度な技術を必要とする。天文学も巨大科学となり、8-10m望遠鏡の時代から30m望遠鏡の時代に移ろうとしている。このような時代にあって、どのように物作りに基づくサイエンスを推進していったら良いか大変難しい。大プロジェクトに加わって歯車のひとつになるか、小さな装置で新しい分野を切り開くか。技術が非常に高度化した現在、どちらも片手間では新しい装置を作ることはできない。世界と競争して戦おうという装置開発者は、論文を大量生産する観測・理論家を横目に、5年も10年も実験室に閉じこもり、ただひたすら開発・実験を続けている。装置開発はプロフェッショナルでなければできない時代になりつつあり、大学院に進学する時、装置開発を選ぶか理論・観測を選ぶか大変迷うこともあるだろう。大学の一研究室で世界と戦える観測装置を開発し、しかも自分たちでサイエンスの論文まで仕上げるようにするにはどうしたら良いか、私もそのはざまで常に葛藤の毎日である。
私たちの研究室では世界最高性能の「モアックス」という近赤外線多天体分光撮像装置を開発した。広視野、多天体分光機能の両方で世界に例のないものであり、世界からの注目を集た。自分の作った装置で目的のサイエンスができた時の醍醐味は格別のものである。次に私たちは南極に望遠鏡を作ろうとしている。なぜモアックスが成功したか、またなぜ南極に進出するのか、詳しくは
「ものづくりとサイエンスのはざまで」 をごらんください。
結論
装置開発に携わりたい大学院生に
◆(完成した時)新しいサイエンス、将来につながる開発であるか、常に自問する
◆(迷わず)最大限のエネルギーを注いで、最良の装置を作る
◆完成したら、必ず、自分でサイエンスの論文を書く。観測者、理論家を巻き込んで論文を増やす
◆装置を開発した人には必ず利点があるはず。それをチャンスとして生かせ
装置なくして天文学に発展なし。 装置開発に自信を持とう。